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マリアの物語 特別編 誰が為に龍は舞う
- 2014.10.27 Monday
- 3代目マリア
- 19:48
- comments(2)
- -
- -
- by ヨハネス
167年、白夜の年。今年は勇者決定戦の年、ということもあり、国全体がどこか浮き足立っている。今年の優勝は誰になるか、今年は全体的に親衛隊が強い、いやいや闘士長だって――などと、武術の話題で盛り上がっている。
そんな年明けすぐの2日のこと。勇者決定戦の優勝候補であった、親衛隊員リン・ディオール危篤の知らせは、全国民を驚かせた。マリアもまた、嘘であってほしいと願いながら急いでリンのもとへと向かう。
「リンさん!」
リンの家へと駆けこむと、そこには、先日まで威勢よくマリアと手合せしていたのが嘘のように弱弱しく横たわるリンの姿がそこにあった。リンはマリアの姿を見ると、マリアと話そうと、息子に支えられて上半身だけ起こした。
「ああ、マリアか……まだ一年は戦えると思っていたのだが……情けない。」
「リンさん……あなたが……あなたが龍を倒すんじゃなかったの?」
「……そうだな……」
リンは悔しそうに顔をゆがめる。
「だが、もう体が動きそうにない。」
「そんな……」
「マリア」
リンはマリアの名を呼び、その手を握る。そして意を決したように言った。
「俺の夢をお前に託そう。……お前が龍を倒せ。」
「言われなくてもそのつもりよ」
「フッ、頼もしいな……頼んだ……ぞ」
リンは満足そうな、穏やかな笑みを浮かべると、再びベッドへと横になった。そしてソルも天高く昇ったころ、一人息子に看取られて、ガーノスへと旅立っていった。
この叔父は結局、最後まで勝たせてはくれなかった。リンはいなくなってしまったが、彼が戦うことすら許されなかった龍に勝つことで、彼よりも強くなったことを証明できる――そう考え、マリアは龍騎士になるという決意をいっそう固くしたのであった。
その日のうちに、マリアはシズニ神官より正式に親衛隊として任命され、リンと同じ赤い衣をまとうことになった。防具のついたその制服は想像よりも重かった。制服の重さは責任の重さだ、と親衛隊長が言った。龍と戦うことは個人にとってはもちろん親衛隊にとっても最大の名誉であるが、それ以前に国と女王を守る責任を忘れるな、と。
魔獣との戦いとそれに備える日々の中、5日に勇者決定戦の組み合わせが発表され、国民たちはそろって気に入った戦士たちのギブルを購入していた。倍率をみると、マリアは正直あまり期待されていないほうの部類に入った。
さて、9日に勇者決定戦が開幕した。マリアの初戦の相手は、つい先日選出されたばかりの闘士だった。マリアが剣を構えて相手をにらむと、相手は急に怖気づいてしまったのか、満足に攻撃することすらできなくなっていた。初戦はマリアの大勝利だった。2戦目も、経験の浅い魔導師長であった。初戦ほど一筋縄ではいかなかったが、マリアの渾身の奥義が決まり、難なく勝ち進むことができた。
3戦目、準決勝の相手は、同じ親衛隊のフレッド・ヒロタであった。彼は勇者決定戦には初出場ながら、安定した実力の持ち主である。試合開始前、フレッドは――余裕があるのかただのマイペースなのか定かではないが――やんわりとした微笑みを浮かべながらマリアと対峙した。表情こそ柔らかいが、彼の放つ気迫からは1戦目2戦目とは明らかに違う、気の抜けない相手であることを感じ取ることができた。
「やっぱり君が勝ち残ったんだね。さすが、リンさんの愛弟子だねえ。ま、どっちが勝っても、恨みっこなしだよ!」
「ええ、いざ、勝負よ!」
軽く言葉を交わした後、お互いに礼をかわすと、試合開始の鐘が鳴った。お互いにすぐには動かずにじっと剣を構えて様子をうかがっていた。張りつめた空気の中、残り時間はどんどん減っていく。このままでは埒が明かない、と考えたマリアは、思い切りよく一歩踏み込んでフレッドへと飛びかかった。奥義で一気に決めようと、得意技であるドラゴンフォースを放つ。しかし、そこでフレッドの微笑みは勝利を確信した笑みへと変わった。
「来たねっ!」
「!!」
フレッドはマリアの攻撃を受け流すと、奥義を放つことによって生じた隙を狙って雷撃を放った。それをまともに食らったマリアは、フレッドの2発目の雷撃を間一髪でかわすと、一歩引いて急いで体勢を立て直した。さて、どうするか。フレッドは追撃する様子はないが、不用意に動けば再び隙をつかれ、カウンター攻撃を食らうであろう。ならば、隙を与えないまでのこと。マリアは隙の小さい小技を連続で繰り出し、足元をすくってフレッドの防御の構えを打ち崩した。そしてふらついて無防備になったフレッドが体勢を立て直す前に、ここぞとばかりに奥義を叩きこむ。フレッドはもちろん、マリア自身も後ろに吹き飛ぶほどの大火力のドラゴンフォースである。
マリアの攻撃を受け、しりもちをついたフレッドが立ち上がるよりも先に、アスター神官アベラルドが試合終了を宣言した。マリアの逆転勝利である。
フレッドは、ゆっくりと立ち上がって尻についた埃を払うと、マリアの方へやってきた。
「やっぱり隊長みたいにはいかないかぁ……僕、隊長の戦い方に憧れて今までやってきたんだけどね。ああ、僕もまだまだだ!」
試合中の緊迫感はどこへやら、フレッドはへらっと間の抜けたような笑顔をみせた。マリアもつられて笑顔になる。
「決勝の相手は隊長だけど、隊長は僕より強いよ! でも、君ならやれる気がする。」
「ええ、相手が誰であろうと絶対に勝ってみせるわ!」
マリアとフレッドは固い握手を交わし、お互いの健闘をたたえ合った。
決勝戦の相手は、「鉄壁の守り」に定評のある、親衛隊長ウェンディ・スマイサーである。今までに出場した勇者決定戦でも、何人もの優勝候補がその守りの堅さにかなりの苦戦を強いられ、また破れてきたという。しかしながら勇者決定戦での優勝経験はなく、今年こそ勇者の称号を手に入れることが期待されている。安定感のあるベテラン、ウェンディの悲願達成なるか。それとも新進気鋭のマリアがウェンディを下せるか。19日、決勝戦の日は朝から国中がその話題で持ちきりであった。
そんな中、マリアは夫ゴンサロと共に劇場と出かけていた。その道中でも、どっちが勝つかはわからないが、まあ親衛隊長が勝つだろうね――道行く人がそういった会話をするのが嫌でも耳に入る。
「下馬評では隊長が優勢か。」
「そうね。でも負ける気はないわ。」
「フッ――それでこそマリアだ。」
軽く口づけを交わすと、なぜだか力が湧いてくるような気がした。ゴンサロと共に帰宅し、自宅で少し疲れをとってから、マリアは背筋を伸ばし、まだ試合開始時間には少し早いが闘技場へ向かった。
夜一刻。定刻通りに試合は始まった。満員の観客の歓声の中で、試合開始の鐘が鳴るや否や、マリアはウェンディめがけて飛びかかった。
実は、試合開始の少し前に、フレッドがこっそり「隊長の倒し方」を教えてくれた。それによれば彼女は素早い相手を苦手とするらしい。先手を取り、絶え間なく連撃を打ち込めば必ず彼女の守りが崩れる瞬間があるから、そこを狙えば勝てる、とフレッドは言った。そのアドバイスの通りに、マリアは剣を振るい続ける。ウェンディはそれを全て受け止めていく。さすが「鉄壁の守り」というだけあって、全く隙を見せようとはしない。じっと守り、相手の隙を狙って攻撃を打つスタイル。なるほど、「隊長の戦い方に憧れていた」というフレッド・ヒロタの戦い方はウェンディのそれに似ているところがある。
試合開始からしばらく経つと、攻め続けるマリアに優勢の色が見え始めた。ただ守るだけでは勝てないことも、ウェンディは知っている。逆転を狙ったウェンディが防御の手を緩めた。マリアはそれを見逃さなかった。今だ、と渾身の奥義を放ち、その右手にあった剣を弾き飛ばした。茫然とするウェンディ。そこでアスター神官アベラルドが試合終了を宣言し、勝者の名を高らかに宣言する。勝者マリア、その声が闘技場に響くと、観客の歓声がマリアの見事な勝利を称えた。
「……完敗だわ。文句なしの、貴方の勝利よ」
「でも……」
あたしが勝てたのはフレッドさんのおかげで、と言おうとすると、ウェンディがそれを遮る。
「フレッドがあたしの弱点教えたんでしょう、知ってるわ。」
やれやれ、とウェンディは首を横に振る。
「でも、あたしに勝ったのはあんたの実力よ。おめでとう。龍相手につまらない試合したら、許さないから。」
「心配ないわ。絶対龍に勝ってみせるわ!」
激闘を繰り広げた二人は、笑顔で固い握手を交わした。
決勝戦の日から星の日を挟んで、21日、白夜の日。龍との対決の日がやってきた。
マリアが壮行会に向かうために少し早めに家を出ると、ちょうどそこにゴンサロが帰宅したところであった。
「これから壮行会か」
「ええ。」
「そうか、頑張れよ。」
そう言ってゴンサロは自宅へ入って行こうとする。
「ねえゴンサロ」
マリアはゴンサロを呼び止めた。
「……キス、してくれる? おでこで、いいから」
「ああ」
ゴンサロはマリアをそっと抱き寄せると、唇を重ねた。しばらく甘いひと時に身をゆだねる。
「……ありがとう。勇気がわいてきた、気がする」
「そうか。頑張れよ。」
それからマリアは胸を張って、壮行会のために謁見の間へと向かった。
昼。龍の試練を見ようと観客で闘技場は超満員であった。アスター神官アベラルドは、人の何倍もあろうかという大きな龍の姿に目を輝かせながら、歴代アスター神官と同じように堂々と龍バグウェルを出迎えた。今年もククリアの民と出会えてうれしいというバグウェルの声は非常に重々しく、闘技場全体の空気を震わせた。
マリアの目の前に立ちはだかる龍は想像よりもずっと大きく、その圧倒的な威圧感に、足がすくんでしまいそうである。マリアは、マリアを慕う学生時代の後輩たちや友人からプレゼントされたお守りをぎゅっと握りしめ、龍と対峙した。大丈夫、絶対に負けない。
「試合ッ! 開始ィーー!!」
普段よりも明らかに気合の入ったアスター神官アベラルドの声と、普段の数倍は力を籠めて打たれた鐘の音が、龍との試合の始まりを告げる。
バグウェルはあの左腕の動きに気を付けていれば勝てる。以前の龍との試合を見ていてマリアが感じたことである。マリアは龍の様子をうかがいつつ、思い切りよく龍へと飛びかかった。氷の刃を浴びせ、龍の左腕をかわす。そしてまたひたすら攻撃を続ける。
これは、勝てる。そう思い、左腕への注意がおろそかになったその時、龍の左手が唸りをあげてマリアに襲いかかった。しまった、と思った時にはもう遅く、龍の左腕はマリアを弾き飛ばした。マリアはなんとか立ち上がる。龍は相変わらず、マリアの前に立ちふさがっている。その左手の威力を思い知った今は、恐ろしさすら感じる。勝てないかもしれない――そう思ったその時、観客席から夫の声が耳に届いた。
「マリア! 何をしている、あきらめるな!!」
そうだ。自分は何のためにこの舞台に立っているのだ。マリアはもう一度背筋を伸ばして龍に向かう。そして思い切り踏み込む。その時、家族が、師が、父が、背中を押してくれた気がした。何も恐れることはない、マリアは自分の持てるすべての力を振り絞り、ドラゴンフォースを放った。
「そこまでッ!!」
最後の技が決まるか決まらないかといったところで、アスター神官アベラルドの高めの声が闘技場に響き渡る。観客の声援は次第に消えていった。
「勝者――」
闘技場にいる全員が、物音ひとつ立てずに勝者の名が叫ばれるのを固唾をのんで見守っていた。
勇者か、龍か。そして。
「勝者マリア!!」
マリアの勝利が叫ばれた瞬間、闘技場は大歓声に包まれた。われんばかりの「姐さん」コールである。今までマリアと親しい数名だけがそう呼んでいた「姐さん」という呼び名は、いつの間にか国民全体に広く知れ渡っていたようだ。
その状況がにわかには信じられず、その場に立ち尽くしていると、子供たち、マールとアストルがマリアのもとへ駆け寄ってきた。その後ろからゴンサロがゆっくりと、微笑みながらやってくる。
「あたし、勝ったの……?」
「ああ、素晴らしい勝利だ」
その後の白夜の宴では、かれこれ30年以上誕生していなかった龍騎士の姿を一目見ようと、大勢の国民が豊穣の広場へと集結した。龍騎士として壇上に上がるマリアは、広場に集結した国民の数に圧倒されそうになりながらも、胸を張り、堂々とあいさつを始めた。龍騎士のあいさつがはじまると、ざわついていた会場は静かになった。マリアの凛とした声だけが豊穣の広場に響く。
「応援してくださった国民のみなさん。本当にありがとうございました。私の力だけでは、龍に勝つどころか、勇者になることさえできなかったことでしょう。この栄光は、私に期待して応援してくださった皆さんと、ともに技を磨いた親衛隊の仲間たち、そして、支えてくれた家族の力あってこそのものです。この龍騎士という称号は、私だけの栄誉ではなく、ククリア王国の誇りです! どうもありがとうございました!」
あいさつが終わるや否や、また歓声が沸き起こった。姐さんよくやった! 姐さん万歳!! ククリア王国万歳!! と。
親衛隊の仲間たちがこれは足りなくなるんじゃないかと笑いながらククルシチューを器によそっていた。白夜の宴に浮かれる国民たちの中で、マリアは空を見上げて、自分に夢を託していなくなってしまった人たちに思いをはせる。
父さん。母さん。リンさん。イズミさん。アンセルム先生。あたし、やりました……!
そんな年明けすぐの2日のこと。勇者決定戦の優勝候補であった、親衛隊員リン・ディオール危篤の知らせは、全国民を驚かせた。マリアもまた、嘘であってほしいと願いながら急いでリンのもとへと向かう。
「リンさん!」
リンの家へと駆けこむと、そこには、先日まで威勢よくマリアと手合せしていたのが嘘のように弱弱しく横たわるリンの姿がそこにあった。リンはマリアの姿を見ると、マリアと話そうと、息子に支えられて上半身だけ起こした。
「ああ、マリアか……まだ一年は戦えると思っていたのだが……情けない。」
「リンさん……あなたが……あなたが龍を倒すんじゃなかったの?」
「……そうだな……」
リンは悔しそうに顔をゆがめる。
「だが、もう体が動きそうにない。」
「そんな……」
「マリア」
リンはマリアの名を呼び、その手を握る。そして意を決したように言った。
「俺の夢をお前に託そう。……お前が龍を倒せ。」
「言われなくてもそのつもりよ」
「フッ、頼もしいな……頼んだ……ぞ」
リンは満足そうな、穏やかな笑みを浮かべると、再びベッドへと横になった。そしてソルも天高く昇ったころ、一人息子に看取られて、ガーノスへと旅立っていった。
この叔父は結局、最後まで勝たせてはくれなかった。リンはいなくなってしまったが、彼が戦うことすら許されなかった龍に勝つことで、彼よりも強くなったことを証明できる――そう考え、マリアは龍騎士になるという決意をいっそう固くしたのであった。
その日のうちに、マリアはシズニ神官より正式に親衛隊として任命され、リンと同じ赤い衣をまとうことになった。防具のついたその制服は想像よりも重かった。制服の重さは責任の重さだ、と親衛隊長が言った。龍と戦うことは個人にとってはもちろん親衛隊にとっても最大の名誉であるが、それ以前に国と女王を守る責任を忘れるな、と。
魔獣との戦いとそれに備える日々の中、5日に勇者決定戦の組み合わせが発表され、国民たちはそろって気に入った戦士たちのギブルを購入していた。倍率をみると、マリアは正直あまり期待されていないほうの部類に入った。
さて、9日に勇者決定戦が開幕した。マリアの初戦の相手は、つい先日選出されたばかりの闘士だった。マリアが剣を構えて相手をにらむと、相手は急に怖気づいてしまったのか、満足に攻撃することすらできなくなっていた。初戦はマリアの大勝利だった。2戦目も、経験の浅い魔導師長であった。初戦ほど一筋縄ではいかなかったが、マリアの渾身の奥義が決まり、難なく勝ち進むことができた。
3戦目、準決勝の相手は、同じ親衛隊のフレッド・ヒロタであった。彼は勇者決定戦には初出場ながら、安定した実力の持ち主である。試合開始前、フレッドは――余裕があるのかただのマイペースなのか定かではないが――やんわりとした微笑みを浮かべながらマリアと対峙した。表情こそ柔らかいが、彼の放つ気迫からは1戦目2戦目とは明らかに違う、気の抜けない相手であることを感じ取ることができた。
「やっぱり君が勝ち残ったんだね。さすが、リンさんの愛弟子だねえ。ま、どっちが勝っても、恨みっこなしだよ!」
「ええ、いざ、勝負よ!」
軽く言葉を交わした後、お互いに礼をかわすと、試合開始の鐘が鳴った。お互いにすぐには動かずにじっと剣を構えて様子をうかがっていた。張りつめた空気の中、残り時間はどんどん減っていく。このままでは埒が明かない、と考えたマリアは、思い切りよく一歩踏み込んでフレッドへと飛びかかった。奥義で一気に決めようと、得意技であるドラゴンフォースを放つ。しかし、そこでフレッドの微笑みは勝利を確信した笑みへと変わった。
「来たねっ!」
「!!」
フレッドはマリアの攻撃を受け流すと、奥義を放つことによって生じた隙を狙って雷撃を放った。それをまともに食らったマリアは、フレッドの2発目の雷撃を間一髪でかわすと、一歩引いて急いで体勢を立て直した。さて、どうするか。フレッドは追撃する様子はないが、不用意に動けば再び隙をつかれ、カウンター攻撃を食らうであろう。ならば、隙を与えないまでのこと。マリアは隙の小さい小技を連続で繰り出し、足元をすくってフレッドの防御の構えを打ち崩した。そしてふらついて無防備になったフレッドが体勢を立て直す前に、ここぞとばかりに奥義を叩きこむ。フレッドはもちろん、マリア自身も後ろに吹き飛ぶほどの大火力のドラゴンフォースである。
マリアの攻撃を受け、しりもちをついたフレッドが立ち上がるよりも先に、アスター神官アベラルドが試合終了を宣言した。マリアの逆転勝利である。
フレッドは、ゆっくりと立ち上がって尻についた埃を払うと、マリアの方へやってきた。
「やっぱり隊長みたいにはいかないかぁ……僕、隊長の戦い方に憧れて今までやってきたんだけどね。ああ、僕もまだまだだ!」
試合中の緊迫感はどこへやら、フレッドはへらっと間の抜けたような笑顔をみせた。マリアもつられて笑顔になる。
「決勝の相手は隊長だけど、隊長は僕より強いよ! でも、君ならやれる気がする。」
「ええ、相手が誰であろうと絶対に勝ってみせるわ!」
マリアとフレッドは固い握手を交わし、お互いの健闘をたたえ合った。
決勝戦の相手は、「鉄壁の守り」に定評のある、親衛隊長ウェンディ・スマイサーである。今までに出場した勇者決定戦でも、何人もの優勝候補がその守りの堅さにかなりの苦戦を強いられ、また破れてきたという。しかしながら勇者決定戦での優勝経験はなく、今年こそ勇者の称号を手に入れることが期待されている。安定感のあるベテラン、ウェンディの悲願達成なるか。それとも新進気鋭のマリアがウェンディを下せるか。19日、決勝戦の日は朝から国中がその話題で持ちきりであった。
そんな中、マリアは夫ゴンサロと共に劇場と出かけていた。その道中でも、どっちが勝つかはわからないが、まあ親衛隊長が勝つだろうね――道行く人がそういった会話をするのが嫌でも耳に入る。
「下馬評では隊長が優勢か。」
「そうね。でも負ける気はないわ。」
「フッ――それでこそマリアだ。」
軽く口づけを交わすと、なぜだか力が湧いてくるような気がした。ゴンサロと共に帰宅し、自宅で少し疲れをとってから、マリアは背筋を伸ばし、まだ試合開始時間には少し早いが闘技場へ向かった。
夜一刻。定刻通りに試合は始まった。満員の観客の歓声の中で、試合開始の鐘が鳴るや否や、マリアはウェンディめがけて飛びかかった。
実は、試合開始の少し前に、フレッドがこっそり「隊長の倒し方」を教えてくれた。それによれば彼女は素早い相手を苦手とするらしい。先手を取り、絶え間なく連撃を打ち込めば必ず彼女の守りが崩れる瞬間があるから、そこを狙えば勝てる、とフレッドは言った。そのアドバイスの通りに、マリアは剣を振るい続ける。ウェンディはそれを全て受け止めていく。さすが「鉄壁の守り」というだけあって、全く隙を見せようとはしない。じっと守り、相手の隙を狙って攻撃を打つスタイル。なるほど、「隊長の戦い方に憧れていた」というフレッド・ヒロタの戦い方はウェンディのそれに似ているところがある。
試合開始からしばらく経つと、攻め続けるマリアに優勢の色が見え始めた。ただ守るだけでは勝てないことも、ウェンディは知っている。逆転を狙ったウェンディが防御の手を緩めた。マリアはそれを見逃さなかった。今だ、と渾身の奥義を放ち、その右手にあった剣を弾き飛ばした。茫然とするウェンディ。そこでアスター神官アベラルドが試合終了を宣言し、勝者の名を高らかに宣言する。勝者マリア、その声が闘技場に響くと、観客の歓声がマリアの見事な勝利を称えた。
「……完敗だわ。文句なしの、貴方の勝利よ」
「でも……」
あたしが勝てたのはフレッドさんのおかげで、と言おうとすると、ウェンディがそれを遮る。
「フレッドがあたしの弱点教えたんでしょう、知ってるわ。」
やれやれ、とウェンディは首を横に振る。
「でも、あたしに勝ったのはあんたの実力よ。おめでとう。龍相手につまらない試合したら、許さないから。」
「心配ないわ。絶対龍に勝ってみせるわ!」
激闘を繰り広げた二人は、笑顔で固い握手を交わした。
決勝戦の日から星の日を挟んで、21日、白夜の日。龍との対決の日がやってきた。
マリアが壮行会に向かうために少し早めに家を出ると、ちょうどそこにゴンサロが帰宅したところであった。
「これから壮行会か」
「ええ。」
「そうか、頑張れよ。」
そう言ってゴンサロは自宅へ入って行こうとする。
「ねえゴンサロ」
マリアはゴンサロを呼び止めた。
「……キス、してくれる? おでこで、いいから」
「ああ」
ゴンサロはマリアをそっと抱き寄せると、唇を重ねた。しばらく甘いひと時に身をゆだねる。
「……ありがとう。勇気がわいてきた、気がする」
「そうか。頑張れよ。」
それからマリアは胸を張って、壮行会のために謁見の間へと向かった。
昼。龍の試練を見ようと観客で闘技場は超満員であった。アスター神官アベラルドは、人の何倍もあろうかという大きな龍の姿に目を輝かせながら、歴代アスター神官と同じように堂々と龍バグウェルを出迎えた。今年もククリアの民と出会えてうれしいというバグウェルの声は非常に重々しく、闘技場全体の空気を震わせた。
マリアの目の前に立ちはだかる龍は想像よりもずっと大きく、その圧倒的な威圧感に、足がすくんでしまいそうである。マリアは、マリアを慕う学生時代の後輩たちや友人からプレゼントされたお守りをぎゅっと握りしめ、龍と対峙した。大丈夫、絶対に負けない。
「試合ッ! 開始ィーー!!」
普段よりも明らかに気合の入ったアスター神官アベラルドの声と、普段の数倍は力を籠めて打たれた鐘の音が、龍との試合の始まりを告げる。
バグウェルはあの左腕の動きに気を付けていれば勝てる。以前の龍との試合を見ていてマリアが感じたことである。マリアは龍の様子をうかがいつつ、思い切りよく龍へと飛びかかった。氷の刃を浴びせ、龍の左腕をかわす。そしてまたひたすら攻撃を続ける。
これは、勝てる。そう思い、左腕への注意がおろそかになったその時、龍の左手が唸りをあげてマリアに襲いかかった。しまった、と思った時にはもう遅く、龍の左腕はマリアを弾き飛ばした。マリアはなんとか立ち上がる。龍は相変わらず、マリアの前に立ちふさがっている。その左手の威力を思い知った今は、恐ろしさすら感じる。勝てないかもしれない――そう思ったその時、観客席から夫の声が耳に届いた。
「マリア! 何をしている、あきらめるな!!」
そうだ。自分は何のためにこの舞台に立っているのだ。マリアはもう一度背筋を伸ばして龍に向かう。そして思い切り踏み込む。その時、家族が、師が、父が、背中を押してくれた気がした。何も恐れることはない、マリアは自分の持てるすべての力を振り絞り、ドラゴンフォースを放った。
「そこまでッ!!」
最後の技が決まるか決まらないかといったところで、アスター神官アベラルドの高めの声が闘技場に響き渡る。観客の声援は次第に消えていった。
「勝者――」
闘技場にいる全員が、物音ひとつ立てずに勝者の名が叫ばれるのを固唾をのんで見守っていた。
勇者か、龍か。そして。
「勝者マリア!!」
マリアの勝利が叫ばれた瞬間、闘技場は大歓声に包まれた。われんばかりの「姐さん」コールである。今までマリアと親しい数名だけがそう呼んでいた「姐さん」という呼び名は、いつの間にか国民全体に広く知れ渡っていたようだ。
その状況がにわかには信じられず、その場に立ち尽くしていると、子供たち、マールとアストルがマリアのもとへ駆け寄ってきた。その後ろからゴンサロがゆっくりと、微笑みながらやってくる。
「あたし、勝ったの……?」
「ああ、素晴らしい勝利だ」
その後の白夜の宴では、かれこれ30年以上誕生していなかった龍騎士の姿を一目見ようと、大勢の国民が豊穣の広場へと集結した。龍騎士として壇上に上がるマリアは、広場に集結した国民の数に圧倒されそうになりながらも、胸を張り、堂々とあいさつを始めた。龍騎士のあいさつがはじまると、ざわついていた会場は静かになった。マリアの凛とした声だけが豊穣の広場に響く。
「応援してくださった国民のみなさん。本当にありがとうございました。私の力だけでは、龍に勝つどころか、勇者になることさえできなかったことでしょう。この栄光は、私に期待して応援してくださった皆さんと、ともに技を磨いた親衛隊の仲間たち、そして、支えてくれた家族の力あってこそのものです。この龍騎士という称号は、私だけの栄誉ではなく、ククリア王国の誇りです! どうもありがとうございました!」
あいさつが終わるや否や、また歓声が沸き起こった。姐さんよくやった! 姐さん万歳!! ククリア王国万歳!! と。
親衛隊の仲間たちがこれは足りなくなるんじゃないかと笑いながらククルシチューを器によそっていた。白夜の宴に浮かれる国民たちの中で、マリアは空を見上げて、自分に夢を託していなくなってしまった人たちに思いをはせる。
父さん。母さん。リンさん。イズミさん。アンセルム先生。あたし、やりました……!
- コメント
- 姐さんかっこいい…!
試合のシーンの描写もカッコいいです。
さすが、試合のSSをたくさん撮ってらっしゃるヨハネスさんだなぁと思いました。
そして最後の一文に、うるっと来てしまいましたよ。 -
- 珠
- 2014/10/28 10:25 AM
- 珠さん
おほめにあずかり光栄です。試合内容はほぼ捏造ですが、緊張感あるカッコイイ描写ができるようにがんばりました。
最後の一文は絶対に入れたかった部分なので、うるっときたと言っていただけてとても嬉しいです。 -
- ヨハネス
- 2014/10/29 1:30 AM
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